第十一章 主体――読み取りのシステム|福嶋亮大(後編)
6、教師あり学習――ゲーテのビルドゥングスロマン
もっとも、セルバンテス以降もピカレスクロマンの影響力は持続し、一八世紀のヨーロッパではときに女性のピカロも登場した。デフォーの『モル・フランダース』にせよ、サドの『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』にせよ、その主人公はいわば不良の女性である。特に、悪の快楽に染まったジュリエットは、美徳を象徴する妹ジュスティーヌとは対照的に、ヨーロッパの各地を旅して破壊の限りを尽くす。ジュリエット一行が道中で目の当たりにしたイタリアの火山は、まさにその放埓なエネルギーの象徴であった。
その反面、ピカレスクロマンの主人公には成長や発展の契機は乏しかった。一人称の視点を備えたピカロは、さまざまな社会環境を遍歴するが、それはしばしば単調でパノラマ的な反復に陥った。場面が劇的に変化しても、主人公はそこをサーフィンするだけで内面的な成長にはつながらない――それはピカレスクロマンだけではなく、クルーソーやガリヴァーのような一八世紀型の主人公全般に当てはまる傾向である。
この限界を超えるようにして、一八世紀後半以降になるとドイツ語でビルドゥングスロマン(Bild...